74本目
パチコン(1985年11月21日/ファミコン)— 開発秘話・当時の小ネタ全部載せ
ファミコンに"初のパチンコ"があったの、知ってた?──そのROMには、読まれるはずのない文章が丸ごと隠されていた。
🎮 パチコン(1985年11月21日/FC) があったの、知ってた?
📌 先に、これだけでも。
『パチコン』とは? 発売日・スペック早見
| 発売日 | 1985年11月21日 |
|---|---|
| 機種 | ファミコン |
| 発売元 | 東芝EMI |
- 出したのは任天堂でもナムコでもなく、音楽レーベルの東芝EMI
- 「240種類の台を搭載!!」が最大のウリ文句
- BGMはほぼ無し。玉の転がる音だけがやけに静かに響く
そして11個目。最大のウリだった"240種類の台"には、当時から半ばネタ扱いされていた"ある事情"があった。
その正体は、この概要欄の小ネタで。
■ 真相発表!
『パチコン』の開発秘話——真相はこうだった
このソフト、通常はアクセスできないROMの奥に、開発者本人の”愚痴と裏話”がローマ字でびっしり書き込まれていました。プレイヤーが目にすることは想定されていない、いわば開発現場のナマの声。さらに同社のMSX版には、なんとその文章の”琉球方言バージョン”まで存在するというから徹底しています。ゲームの中に、作った人の本音がタイムカプセルのように封じ込められていた──40年後に読まれることになるとは、本人も思っていなかったはずです📼
当時の小ネタ、全部載せ
『パチコン』の当時の小ネタ11連発
- 出したのは音楽レーベルの東芝EMI。レコードの会社が、ゲーム部門「トエミランド」を立ち上げ、その記念すべき第1弾として世に出した一本シェア
- レーベル名「トエミランド」は、東芝EMIの"TO"+"EMI"+楽しさの"LAND"を合わせた命名と見られているシェア
- これがビデオゲーム史上はじめてのパチンコゲーム。パチンコが"大人の遊び"だった時代に、子どもが茶の間で疑似体験できた唯一の台シェア
- 当時のパッケージ広告は「18歳未満大歓迎!!」と、いま見ると強烈なコピーで煽っていたシェア
- モードは4つ。GAME A=3000発を出すまでの時間を競う/GAME B=10分でどれだけ玉を増やせるかを競う/さらに好きな台を選べるSELECT A・SELECT Bも搭載シェア
- 玉づまりまでわざわざ再現。黎明期のシミュレーションとしては妙に本格的だったシェア
- 開発はベアーズと松栄システムの2社シェア
- 定価は4,900円。いまの中古相場は裸で100円台〜と手を出しやすいシェア
- 1988年には、書き換え専用のディスクシステム版も登場しているシェア
- "パチコン"という名前は「パチンコ」と「パチもん(偽物)」の狭間を漂うような、多義的なタイトルでもあるシェア
- 「240種類の台を搭載!!」と大々的にアピールしていたが、内訳は羽根物120+デジパチ120。実際は台ごとに釘が少しずつ違うだけ…とも言われ、当時から半ばネタ扱いされていたウリ文句だったシェア
■ いま、遊べる?
『パチコン』はいま遊べる?(Switch Online・中古相場)
公式の配信・収録はなし(Switch Online/アーケードアーカイブス/クラシックミニFC いずれも未収録)。遊ぶなら実機・互換機・エミュレーターで。※2026年7月時点
👻 都市伝説枠
『パチコン』の都市伝説・噂(裏取りなし枠)
📺 情報元
情報元・参考資料
- Wikipedia『パチコン』
- TCRF(The Cutting Room Floor)ほかweb資料
