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忍者くん 魔城の冒険(1985年5月10日/ファミコン)— 開発秘話・当時の小ネタ全部載せ

この赤い忍者、実は"国民的キャラ"の身内だった。

🎮 忍者くん 魔城の冒険(1985年5月10日/ファミコン)を覚えてる?

📌 先に、これだけでも。

『忍者くん 魔城の冒険』とは? 発売日・スペック早見

忍者くん 魔城の冒険 基本データ
発売日1985年5月10日
機種ファミコン
発売元ジャレコ

そして9個目。ただ跳ね回っているだけに見えて、敵は"あること"をしていたんです。

■ 真相発表!

『忍者くん 魔城の冒険』の開発秘話——真相はこうだった

真っ赤な装束の忍者くん。実はこの子、あの『忍者じゃじゃ丸くん』の——お兄さんなんです。 のちにファミコンの人気キャラになる「じゃじゃ丸くん」は、この『忍者くん 魔城の冒険』のスピンオフとして生まれました。設定上、じゃじゃ丸は忍者くんの”弟”。つまり、有名になったのは弟のほうで、兄はその原型だったのです。 ちなみに、この兄弟には少しほろ苦い裏話もあります。忍者くんの生みの親である開発者は、後から出た弟・じゃじゃ丸くんのことを、あまり快く思っていなかったと語り残しています。看板を弟に持っていかれた兄——そんな物語が、この一本には隠れています。

当時の小ネタ、全部載せ

『忍者くん 魔城の冒険』の当時の小ネタ9連発

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  1. 1985年5月10日、ジャレコから発売。定価4,500円のアクションゲームでした。コナミ・ナムコに続いてファミコンに参入したジャレコの、初期タイトルの一本です。シェア
  2. ただし、原作を作ったのはジャレコではありません。1984年10月に稼働したアーケード版で、開発したのは「UPL」という会社。ファミコン版の移植を手がけたのは、また別の「トーセ」という会社でした。1本のゲームに、3つの会社が関わっています。シェア
  3. その原作者UPLは、忍者くんだけが有名になり、会社の名前はあまり知られないまま。1992年に倒産してしまいました。シェア
  4. 主人公は真っ赤な忍者装束。忍者なのに、まったく忍ぶ気がありません。1.5頭身の小さな体で、ふんわり大きくジャンプする姿が愛らしい、当時人気のビジュアルでした。シェア
  5. その忍者くん、なぜか"真上"にジャンプできません。段差を登るのがメインのゲームなのに、垂直跳びは不可。上ボタンとジャンプで逆に下へ降りる、クセの強い操作でした。シェア
  6. 「魔城の冒険」という題名ですが、城が登場するのは3面から。1面と2面はどこかの岩山で戦います。乗り込む城は、しばらく先です。シェア
  7. 敵に体当たりされると即ミス——ではありません。ジャンプや落下で敵にぶつかると、逆に敵が数秒気絶して動けなくなる。「接触=ミス」が常識だった時代に、体当たりを"攻略の要"にした斬新なシステムでした。シェア
  8. ゲーム開発初期、作り手の西澤龍一さん(のちに『ワンダーボーイ』を手がける人物)は、城の中で跳ね回るうちに敵に当たっても死なず跳ね返る様子が面白くて驚き、「これは売れる」と直感したそうです。偶然の手触りが、ヒットの入口でした。シェア
  9. いちばんの驚きは、敵の"賢さ"です。1984年稼働という非常に古いゲームでありながら、敵はランダムに動いているのではありません。プレイヤーとの位置関係をきちんと把握し、それに応じて行動を変える——高度な思考ルーチン(AI)を積んでいたのです。ただ跳ね回る単純なゲームに見えて、その裏では敵が"考えて"あなたを追い詰めていました。シェア
■ いま、遊べる?

『忍者くん 魔城の冒険』はいま遊べる?(Switch Online・中古相場)

ファミコン版の公式配信は、現在ありません(かつてWiiバーチャルコンソールで配信)。アーケードアーカイブスで遊べるのはAC版=敵の種類やアイテムがファミコン版とは違う別物なので、そこは要注意。実機・互換機・エミュでもプレイ可能です。

👻 都市伝説枠

『忍者くん 魔城の冒険』の都市伝説・噂(裏取りなし枠)

📺 情報元

情報元・参考資料

よんだ!

同じ1985年のソフト

ジャレコのソフト