82本目
ルナーボール(1985年12月5日/ファミコン)— 開発秘話・当時の小ネタ全部載せ
今このソフト、公式に買う方法が1つもない。一度は復活したのに——
🎮 ルナーボール(1985年12月5日/FC) ——たぶん、知らない。
『ルナーボール』とは? 発売日・スペック早見
| 発売日 | 1985年12月5日 |
|---|---|
| 機種 | ファミコン |
| 発売元 | ポニーキャニオン |
- PC-88版は20面、MSX版は32面。ファミコン版だけが60面ある。
- ファミマガの読者投票、6項目のうち“オリジナリティ”だけが突出していた。
- Wiiで一度だけ復活して、そのまま、また消えた。
そして10個目。
このゲーム、別のハードでは“違う名前”で売られていた。
『ルナーボール』の開発秘話——真相はこうだった
『ルナー』は、月から取った名前じゃなかった。
PC-8800版のゲームデザインとメインプログラムを担当したのは、コンパイル社員第1号の新谷憲司さん。この人のハンドルネームが「LUNARIAN(ルナリアン)」。つまり“ルナー”は、作った本人のあだ名だった。
語っているのは、コンパイル創業者・仁井谷正充さん本人。しかも裏付けがちゃんとある。Wikipediaのコンパイルの人物一覧には、いまも「新谷憲司(LUNARIAN)」と併記されている。ファミコン版のスタッフ表記も全員がハンドルネームだ。あだ名で呼び合う会社だった証拠が、ソフトの中に焼き込まれている。
ただ、ひとつだけ誤解しないでほしい。舞台が宇宙で、的球が惑星で、ポケットがブラックホールなのは事実。「月とは無関係」ではなく、「名前の由来が月ではなかった」という話。
40年、Wikipediaにも個人ブログにも「ルナー=月のこと」と説明されてきた。誰も嘘はついていない。ただ、誰も本人に聞いていなかっただけだ。
当時、これはどう見られていたか
正直に言うと、このソフトの当時の証言は、驚くほど少ない。ファミコンの思い出を集めたサイトにも、たった1通しか残っていない。
その1通を書いたのは、1966年生まれの男性。1985年の発売当時、19歳だ。彼はこのゲームを「客に媚びてないゲーム」と呼んでいる。パワーアップもない。キャラクターもいない。判定に情けもない。それでも土曜の夜にひとりで黙々と遊ぶには、これ以上ないゲームだったと。そして書き出しの一行目から、当時これを買った人はほとんどいなかっただろう、と自分で書いている。
別のブログの書き手は「大人向け激渋ゲーム」と表現している。マリオやドンキーコングのように、キャラクターを前面に押し出すのが当たり前だった時代に、この箱はまったく飾らず、システムの魅力だけで勝負していた。日本のメーカーが作ったとは思えず、てっきり外国製の移植だと思い込んでいた、とまで書いている。
さらに別の人は、こんな思い出を残している。当時、『ルナーボール』と『いっき』のどちらを買ってもらうか散々悩んだ末、結局『ポートピア連続殺人事件』を買ってもらった、と。壮大な月面のパッケージに心を奪われて、それでも選ばれなかった側。おもちゃ屋の棚の前にいた子どもにとって、このゲームはそういう1本だった。
そして1991年、徳間書店のカタログはこのソフトをこう紹介している。「マニアっぽい人向き」。6年経っても、評価は変わっていなかった。
『ルナーボール』の当時の小ネタ10連発
- ファミコン版のスタッフ表記は、全員がハンドルネーム。JEMINI(広野隆行)、TERAMOTO(寺本耕二)、MIYAMOTO(宮本昌知)、YUNOKI、そしてディレクターのNIITANI(仁井谷正充)。本名がどこにもない。シェア
- ファミマガ「ゲーム通信簿」の内訳が正直すぎる。総合15.82点/30点のうち、オリジナリティだけが3.43で突出。最下位はお買得度の2.23だった。「変だけど、高い」。シェア
- 面数が機種でバラバラ。PC-8800版が20面、MSX版が32面、そしてファミコン版だけが60面。移植のたびに増えていった。シェア
- ボールの配置は、ステージごとに2種類用意されている。同じ台でも同じ配置とは限らない。シェア
- 得点レートが21以上になると、レートが上がるたびに手球が1個増える。上手い人ほど終われない設計。シェア
- Wiiのバーチャルコンソールで配信されたのは2007年12月18日。一度だけ、正規に復活していた。シェア
- 中古の値段が二極化している。裸のカセットは数百円で山ほど転がっているのに、新品未開封になると15,000〜25,000円という話も(相場は変動するので参考まで)。仁井谷さん本人が現在の相場を検索して驚いていた。シェア
- ファミコン版のプログラムを担当した「じぇみに広野」こと広野隆行さんは、後に『ぷよぷよ通』を書く人。本人いわく、ルナーボールでファミコンのスプライトの扱いを体で覚えていたから、最大64個まで出せるという限界値も実感として掴んでいた、と。この月面ビリヤードで覚えたハードの限界値が、翌年の『ザナック』のあの物量を支えている。シェア
- 初期のコンパイルは無名のベンチャーで、信用がなかった。だから新入社員を入れるとき、仁井谷さんや広野さんが本人の実家まで行って、親御さんを説得して回っていた——と仁井谷さん本人が振り返っている。シェア
- そして最後。このゲーム、セガのSG-1000では『チャンピオンビリヤード』という別の名前で、セガから発売されている。全50面で、台のデザインは宇宙ですらない普通のビリヤード台。同じゲームが、ライバル機に、違う名前で、違う会社から出ていた。シェア
『ルナーボール』はいま遊べる?(Switch Online・中古相場)
Switch Online=なし。アーケードアーカイブス=なし(そもそもアーケード版が存在しない)。クラシックミニファミコン=なし。
2007年にWiiのバーチャルコンソールで一度だけ復活したが、Wiiショッピングチャンネルの終了とともに、また消えた。いま公式に買う方法は、ひとつもない。実機・互換機・エミュレータでなら遊べる。
『ルナーボール』の都市伝説・噂(裏取りなし枠)
情報元・参考資料
- オニオンソフト「[OBSLive]「ザナック」「ガンヘッド」を手掛けた広野隆行さんとともにお届け」
- 仁井谷 正充「ルナーボール動画探訪 制作秘話 コンパイルの思い出」
- ぷろぐれっそふぃるむ「ファミコン『ルナーボール(ポニーキャニオン)』ゆっくり解説実況コレクション#83」
