84本目
スペランカー(1985年12月7日/ファミコン)— 開発秘話・当時の小ネタ全部載せ
ケガの多いスポーツ選手を「スペ体質」と呼ぶ。あれの元祖です。
——40年たっても、この言葉だけが死なない。
🎮 スペランカー(1985年12月7日 / FC) を覚えてる?
📌 先に、これだけでも。
『スペランカー』とは? 発売日・スペック早見
| 発売日 | 1985年12月7日 |
|---|---|
| 機種 | ファミコン |
| 発売元 | アイレム |
- 敵はたった2種類。ゴーストと、フンを落とすコウモリだけ。
- 256周目、カギが消える。257周目で、1周目に戻る。
- 「スペ体質」の元祖は、横浜の元外野手・多村仁志さん。
そして30個目。
あのカセットが光っていた"理由"を、まだ誰にも話していない。
■ 真相発表!
『スペランカー』の開発秘話——真相はこうだった
「ファミマガ」に載った無敵技——オープニングの曲に合わせてボタンを押すと無敵になる。あれは「ウソテク」でした。ウラ技コーナーにひとつだけ混ぜられたウソ。ボタンを押し続けたあなたは、騙されていた。
でも、話はそこで終わりません。
40年後、有志がROMを解析して見つけたのは、本物の無敵モードでした。壁をすり抜け、落下という概念そのものが消えて、空中を浮遊する。あの世界一弱い探検家が、絶対に死ななくなる処理が、市販カセットの中に最初から入っていたんです。
ウソだったのは、コマンドだけ。無敵モードそのものは、本当にあった。ただ、それを呼び出す方法が、どこにも用意されていなかった。
あの日の教室
このゲームがうまい、というだけでヒーローになった子がいました。腰の高さから落ちて死ぬ主人公に全国の子どもが本気で腹を立て、そして自分が段差でつまずいた。「お前スペランカーか」——40年たっても、この言葉はとっさに出てきます。
当時の小ネタ、全部載せ
『スペランカー』の裏技・当時の小ネタ30連発
- 敵はたった2種類。プレイヤーを追いかけてくるゴーストと、フンを落とすコウモリ。それだけ。シェア
- 実は通常プレイでも一定時間の無敵アイテムが手に入ります。ただし段差からの落下とエネルギー切れには効かない。無敵なのに落ちたら死ぬ。シェア
- 「ミラクル」というアイテムの変化はランダムではなく、内部的にフレーム毎で決まっています。シェア
- 2周目から6周目にかけて、クリアに必要なアイテムが見えなくなるなど難易度が上がります。6周目以降は、ずっと6周目と同じ。シェア
- 256周目はカギが表示されず、257周目でほぼ1周目に戻ります。そこまで行った人、いますか。シェア
- 原作の主人公は肥満体。ファミコン版で痩せ気味に描き直されています。シェア
- 落下死の判定は、身長16ドットに対して14ドットより大きい落差でミス(諸説あり/15ドット以上とする資料もあります)。シェア
- Atari 8ビット版のオープニング曲は、ムソルグスキーの『展覧会の絵』でした。シェア
- コモドール64版でティム・マーティン作曲のオリジナル曲に差し替わり、それがファミコン版から四半世紀後の『みんなでスペランカー』まで、ずっと踏襲されています。シェア
- ファミコン版の音楽は"合体"でした。タイトル画面の曲はティム・マーティン作、ゲーム中のメインBGMはアイレム製。重々しいOPと軽快な本編、あのミスマッチの正体はこれです。シェア
- そのメインBGMには、モチーフがあります。1967年のフランス映画『冒険者たち』。アラン・ドロンとリノ・ヴァンチュラの冒険映画で、ワイルドな旋律と優しい旋律が交互に流れるメインテーマに感動した移植担当者が、音楽担当に相談して生まれた曲でした。2012年のインタビューで、本人が初めて明かしています。シェア
- 『太鼓の達人』に、ファミコン版のBGMメドレーが収録されています。シェア
- 日本での大ヒットのおかげで、原作者ティム・マーティンはライセンス料で自分の会社の負債を返済できました。シェア
- その会社は、アタリショックで倒産したゲーム会社から独立して作られたもの。1983年のCESに自ら出向いて、大手パブリッシャーと契約を取り付けました。シェア
- ところがアタリショックの余波で問屋が扱ってくれず資金繰りが悪化。全権利をブローダーバンドに譲り、業務を停止しています。シェア
- すぐ死ぬ仕様は、作者本人の実体験でした。ティム・マーティンは趣味でニューメキシコ州の鉱山などを探検していて、それがそのままゲームになっています。シェア
- ティムは今も自分を"spelunkerguy"と名乗り、XとYouTubeのアカウント名にしています。シェア
- 「ファミマガ」のウソテクは、ウラ技コーナーにひとつだけウソを混ぜて、当てて応募するとプレゼントという企画。他誌に情報を盗用されるのを防ぐ意味もあった、と言われています。シェア
- そのウソ技の中身は「タイトル画面で2コンの十字キーの右と上を押しながら、1コンのAをメロディに合わせて押す。メロディ終了後すぐにスタート」。シェア
- 無敵モードの有効化は、ROMのオフセット0x06F9を00から20に書き換えるだけ。無敵化サブルーチンへのジャンプ命令が復活し、ゲーム中にセレクトボタンで切り替えられるようになります。シェア
- その無敵モードは財宝の部屋もすり抜けてしまうので、クリアするには通常モードに戻す必要があります。ちなみに扉もすり抜けるので、カギは要りません。シェア
- ウソテク掲載の3ヶ月前、1986年1月に出た徳間書店の攻略本に「幽霊をものともせず岩をすり抜ける…隠しコマンド、君にできるかな?」という記述がありました。シェア
- アーケード版は別物です。残機+バイタリティ制で、体力が残っていれば身長の20倍以上の高さから落ちても平気。深度計は約7000mまであります。原作のコモドール64版も、自分の身長より高い足場を飛び降りて進む場面があるくらい。つまり"すぐ死ぬ"のは、ファミコン版だけ。シェア
- MSX版(1986/アイレム)は、ハードの性能でスクロールが滑らかになりません。シェア
- ファミコン版は1987年、NES版としてアメリカでも発売。シェア
- アイレムの事業縮小で、2012年3月30日にアイレム製ソフトのバーチャルコンソール配信が全部終了する予定でした。ところがスペランカーだけ配信が続き、唯一残ったアイレム製ソフトに。シェア
- 「スペ体質」の元祖と言われるのは、横浜の元外野手・多村仁志さん。ロッテの元外野手・諸積兼司さんは、ヒッティングマーチに一時ファミコン版のBGMを使っていました。シェア
- アイレム公式サイトで10年以上連載された4コマ漫画『スペランカー先生』。先生になってもすぐ死ぬ内容で、2011年にアニメDVD化(声・杉田智和さん/ナレーション・若本規夫さん)、2014年には舞台にもなりました。シェア
- あの赤いLEDは、ファミコン版の移植担当者の発案でした。理由は「電源が入っているのにカセットを抜いてしまうことがよくあったから」。でも任天堂は、カートリッジに穴を開けてLEDを仕込むのは手間がかかると嫌がったそうです。シェア
- それでもOKが出た理由が『スパルタンX』でした。彼はアイレムのファミコン第1弾をスパルタンXにしたかった。ところが交渉中、アイレムの上層部が親会社の社長に直談判して、彼らに何の相談もないまま「任天堂がファミコン版を出す」で話がまとまってしまった。彼は怒りました。そして本人いわく、「それが任天堂への"貸し"になって」、LEDカートリッジを出させてもらえることになった——あのランプは、そういう理由で光っていたんです。シェア
■ いま、遊べる?
『スペランカー』はいま遊べる?(Switch Online・中古相場)
Switch Online、アーケードアーカイブス、クラシックミニ、どれにも入っていません。バーチャルコンソールもハードごと終了。現行機で遊べるのは、リメイクの『元祖みんなでスペランカー』(PS4/Switch)です。実機・互換機なら、今日から遊べます。
👻 都市伝説枠
『スペランカー』の都市伝説・噂(裏取りなし枠)
📺 情報元
情報元・参考資料
- 4ST『幻の無敵モードの謎を解く|FC スペランカー』
- ゲーム夜話『【スペランカー】ゲーム史上最弱の主人公は
- なぜ生まれたのか?【第159回-ゲーム夜話】』
- 4Gamer.net『ファミコン版「スペランカー」制作者による裏話がここに。』
- ARK『ファミコン版『スペランカー』無敵モードの真相』
- 思い出のファミコン
