96本目
ぺんぎんくんWARS(1985年12月25日/ファミコン)— 開発秘話・当時の小ネタ全部載せ
このゲームを1人で作り上げた人は、そのあと住む家をなくした。
渡されたのは、アーケードの筐体が1台だけ——
🎮 ぺんぎんくんWARS(1985年12月25日/FC) を覚えてる?
『ぺんぎんくんWARS』とは? 発売日・スペック早見
| 発売日 | 1985年12月25日 |
|---|---|
| 機種 | ファミコン |
| 発売元 | アスキー |
どんなゲーム?
テーブルをはさんで、10個のボールを投げ合う。相手にぶつけると3秒ほど気絶するので、その隙にどんどん送り込む。タイムアップのとき、自分の側にボールが少ないほうが勝ち。10個すべてを送り込めばパーフェクト勝ち。競技名は「ドジボール」。ドッジボールではありません。
対戦相手はネコ、パンダ、コアラ、ビーバーの4選手。かわいい顔をしていますが、コアラあたりから容赦がなくなります。
作った人の話
ファミコン版の移植を担当したのは、パックスソフトニカの橋下友茂さん。ほぼ1人で全工程をこなしました。これが橋下さんにとって初めてのファミコンソフトです。
渡された資料は、ゼロ。仕様書もソースコードもグラフィックデータもなく、送られてきたのはアーケードの筐体が1台だけ。指示は、要約すると「これと同じものを作ってくれ」。
だから橋下さんは、まず筐体を遊び続けました。ボールの動き、CPUの挙動、画面の処理を目で見て、頭の中で推測して、ファミコンの上に組み直す。本人いわく「目コピー」。プログラムを書いている時間より、原作を遊んで解析している時間のほうが長かったそうです。
開発期間は本編でおよそ3か月、調整まで含めて4〜5か月。ROM工場のラインが押さえてあったので、1985年12月25日というクリスマス発売は絶対でした。夜中にプログラムを書いていると、担当者が自宅を訪ねて進捗を聞いてきたといいます。
そして無事に発売された。──のに、橋下さんにもパックスソフトニカにも、お金はまったく入ってきませんでした。契約は親会社に任せてあり、そこで何かがあった。家賃が払えなくなった橋下さんは住んでいた家を追い出され、会社に寝泊まりするようになります。社員にはほとんど辞めてもらい、残ったのは本人と、出入りするフリーランスが1人だけ。
「このまま終わるのは悔しい。ファミコンでオリジナルを1本作ろう。それでダメなら辞めよう」
そうして作った1本を、京都の任天堂に持ち込みました。それがディスクシステム用として発売された『バレーボール』です。国内198万本。ディスクライターでの書き換えは97万回で、ディスクシステム全体の歴代2位でした。
住む家が戻り、会社が息を吹き返し、その後は『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島』へ。そしてパックスソフトニカは、のちに『MOTHER』の開発を手がけることになります。
かわいいペンギンのゲームの裏に、そんな話がありました。
『ぺんぎんくんWARS』の当時の小ネタ30連発
- 移植の依頼元は、神戸のホームデータ(現・魔法)という会社シェア
- ファミコン開発の経験がなく、ノウハウを得るため神戸へ2週間出張した。渡されたのは手書きの開発マニュアル1冊シェア
- コーディングより、アーケード版を遊んでいた時間のほうが長かったシェア
- 台から落ちたボールは、スプライト数の制限を避けるため途中から"背景"に書き換わっているシェア
- サウンド専任者はいなかった。開発機材に入っていた別のゲームのサウンドドライバを流用したシェア
- 開発期間は本編およそ3か月、調整まで含めて4〜5か月シェア
- 型番はHSP-03シェア
- ROMはPRG32KB+CHR8KBの計40KB。セーブ用のバッテリーは載っていないシェア
- 1試合は3セット制の2セット先取。1セット60秒シェア
- 10個すべてを相手側へ送り込むとパーフェクト勝ちシェア
- 5対5で時間切れになると、爆弾を使った30秒の延長戦。爆弾が自陣に5秒残ると爆発するシェア
- 一定時間が過ぎると「必殺ななめ投げ」が使える(左右を押しながら投げる/説明書記載の正式テクニック)シェア
- 倒された時はA・B連打で早く起き上がれるシェア
- ボーナスステージは3種類(エアーピンボール/爆弾もぐら飛ばし/爆弾ボールゲーム)シェア
- 説明書でもビーバーは「頭がよく、動きも起き上がりも速い」と別格扱いシェア
- 参加者はアルファベット3文字で名前を登録できるシェア
- 2〜8人の大会では、セットごとにコートの左右が入れ替わるシェア
- 原作アーケード版に対人戦モードはない。1〜8人のトーナメントはファミコン版の追加シェア
- 原作アーケード版の操作は2方向レバー+1ボタンシェア
- MSX版は1985年11月発売。実はファミコン版より1か月早いシェア
- 1986年にPC-8801・FM-7・X1・MZ-2500へ移植シェア
- 1988年、MSX2で続編『ぺんぎんくんWARS 2』。青いぺんぎんくんとピンクのぺんぴーちゃんから選べるストーリー仕立てシェア
- 2024年にProject EGGとPicoPicoでMSX版が配信。ただしProject EGG版はBGMが未収録シェア
- ネットで見かける「ファミ通クロスレビュー25点」は1990年のゲームボーイ版の記録。ファミ通の創刊は1986年6月で、1985年12月発売のファミコン版に発売時レビューは存在しないシェア
- 橋下さんのデビューは1982年、エニックスの第1回ゲーム・ホビープログラムコンテスト。入選作は『バクテリアエスケープ』。同じ回の受賞者に堀井雄二さん、中村光一さん、森田和郎さんがいるシェア
- 三菱電機の関連会社を辞めての脱サラだった。父親に強く反対され、それをきっかけに家を出たシェア
- 起死回生の『バレーボール』は、ディスクライターでの書き換えが97万回。ディスクシステム全体で歴代2位シェア
- 親会社のパックス・エレクトロニカは、その後倒産しているシェア
- 橋下さんは2000年ごろに開発を引退し、いまは教育の現場でプログラミングを教えているシェア
- ゲーム中に流れるあの曲、実在のヒット曲でした。1985年1月発売、石川秀美さんのシングル「もっと接近しましょ」(作詞SHOW/作曲 黒住憲五/編曲 入江純)。2017年のリメイクでも2020年のアーケードアーカイブスでも、権利処理をしたうえで原曲が使われていますシェア
『ぺんぎんくんWARS』はいま遊べる?(Switch Online・中古相場)
配信されているのはアーケード版です。このファミコン版は、いまも実機・互換機・エミュでしか遊べません。リメイクの『ぺんぎんくんギラギラWARS』はSwitchとPS4で配信中。
- Switch Online … なし
- アーケードアーカイブス … あり(AC版)
- クラシックミニ … なし
『ぺんぎんくんWARS』の都市伝説・噂(裏取りなし枠)
情報元・参考資料
- ファミ通.com『ゲームの思い出談話室・第4夜』(橋下友茂氏インタビュー)
- FC版取扱説明書
- ゲーム文化保存研究所
- NES Cart Database
- シティコネクション公式
- ハムスター公式
- Wikipedia『ぺんぎんくんWARS』
- カエルくんの積みゲーに負けない!
- ぷろぐれっそふぃるむ
- マツケん MatsukeN ほかweb資料
