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ぺんぎんくんWARS(1985年12月25日/ファミコン)— 開発秘話・当時の小ネタ全部載せ

このゲームを1人で作り上げた人は、そのあと住む家をなくした。

渡されたのは、アーケードの筐体が1台だけ——

🎮 ぺんぎんくんWARS(1985年12月25日/FC) を覚えてる?

📌 先に、これだけでも。

『ぺんぎんくんWARS』とは? 発売日・スペック早見

ぺんぎんくんWARS 基本データ
発売日1985年12月25日
機種ファミコン
発売元アスキー

どんなゲーム?

テーブルをはさんで、10個のボールを投げ合う。相手にぶつけると3秒ほど気絶するので、その隙にどんどん送り込む。タイムアップのとき、自分の側にボールが少ないほうが勝ち。10個すべてを送り込めばパーフェクト勝ち。競技名は「ドジボール」。ドッジボールではありません。

対戦相手はネコ、パンダ、コアラ、ビーバーの4選手。かわいい顔をしていますが、コアラあたりから容赦がなくなります。

作った人の話

ファミコン版の移植を担当したのは、パックスソフトニカの橋下友茂さん。ほぼ1人で全工程をこなしました。これが橋下さんにとって初めてのファミコンソフトです。

渡された資料は、ゼロ。仕様書もソースコードもグラフィックデータもなく、送られてきたのはアーケードの筐体が1台だけ。指示は、要約すると「これと同じものを作ってくれ」。

だから橋下さんは、まず筐体を遊び続けました。ボールの動き、CPUの挙動、画面の処理を目で見て、頭の中で推測して、ファミコンの上に組み直す。本人いわく「目コピー」。プログラムを書いている時間より、原作を遊んで解析している時間のほうが長かったそうです。

開発期間は本編でおよそ3か月、調整まで含めて4〜5か月。ROM工場のラインが押さえてあったので、1985年12月25日というクリスマス発売は絶対でした。夜中にプログラムを書いていると、担当者が自宅を訪ねて進捗を聞いてきたといいます。

そして無事に発売された。──のに、橋下さんにもパックスソフトニカにも、お金はまったく入ってきませんでした。契約は親会社に任せてあり、そこで何かがあった。家賃が払えなくなった橋下さんは住んでいた家を追い出され、会社に寝泊まりするようになります。社員にはほとんど辞めてもらい、残ったのは本人と、出入りするフリーランスが1人だけ。

「このまま終わるのは悔しい。ファミコンでオリジナルを1本作ろう。それでダメなら辞めよう」

そうして作った1本を、京都の任天堂に持ち込みました。それがディスクシステム用として発売された『バレーボール』です。国内198万本。ディスクライターでの書き換えは97万回で、ディスクシステム全体の歴代2位でした。

住む家が戻り、会社が息を吹き返し、その後は『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島』へ。そしてパックスソフトニカは、のちに『MOTHER』の開発を手がけることになります。

かわいいペンギンのゲームの裏に、そんな話がありました。

当時の小ネタ、全部載せ

『ぺんぎんくんWARS』の当時の小ネタ30連発

知らなかったことがあったら、みんなにシェアしよう!

  1. 移植の依頼元は、神戸のホームデータ(現・魔法)という会社シェア
  2. ファミコン開発の経験がなく、ノウハウを得るため神戸へ2週間出張した。渡されたのは手書きの開発マニュアル1冊シェア
  3. コーディングより、アーケード版を遊んでいた時間のほうが長かったシェア
  4. 台から落ちたボールは、スプライト数の制限を避けるため途中から"背景"に書き換わっているシェア
  5. サウンド専任者はいなかった。開発機材に入っていた別のゲームのサウンドドライバを流用したシェア
  6. 開発期間は本編およそ3か月、調整まで含めて4〜5か月シェア
  7. 型番はHSP-03シェア
  8. ROMはPRG32KB+CHR8KBの計40KB。セーブ用のバッテリーは載っていないシェア
  9. 1試合は3セット制の2セット先取。1セット60秒シェア
  10. 10個すべてを相手側へ送り込むとパーフェクト勝ちシェア
  11. 5対5で時間切れになると、爆弾を使った30秒の延長戦。爆弾が自陣に5秒残ると爆発するシェア
  12. 一定時間が過ぎると「必殺ななめ投げ」が使える(左右を押しながら投げる/説明書記載の正式テクニック)シェア
  13. 倒された時はA・B連打で早く起き上がれるシェア
  14. ボーナスステージは3種類(エアーピンボール/爆弾もぐら飛ばし/爆弾ボールゲーム)シェア
  15. 説明書でもビーバーは「頭がよく、動きも起き上がりも速い」と別格扱いシェア
  16. 参加者はアルファベット3文字で名前を登録できるシェア
  17. 2〜8人の大会では、セットごとにコートの左右が入れ替わるシェア
  18. 原作アーケード版に対人戦モードはない。1〜8人のトーナメントはファミコン版の追加シェア
  19. 原作アーケード版の操作は2方向レバー+1ボタンシェア
  20. MSX版は1985年11月発売。実はファミコン版より1か月早いシェア
  21. 1986年にPC-8801・FM-7・X1・MZ-2500へ移植シェア
  22. 1988年、MSX2で続編『ぺんぎんくんWARS 2』。青いぺんぎんくんとピンクのぺんぴーちゃんから選べるストーリー仕立てシェア
  23. 2024年にProject EGGとPicoPicoでMSX版が配信。ただしProject EGG版はBGMが未収録シェア
  24. ネットで見かける「ファミ通クロスレビュー25点」は1990年のゲームボーイ版の記録。ファミ通の創刊は1986年6月で、1985年12月発売のファミコン版に発売時レビューは存在しないシェア
  25. 橋下さんのデビューは1982年、エニックスの第1回ゲーム・ホビープログラムコンテスト。入選作は『バクテリアエスケープ』。同じ回の受賞者に堀井雄二さん、中村光一さん、森田和郎さんがいるシェア
  26. 三菱電機の関連会社を辞めての脱サラだった。父親に強く反対され、それをきっかけに家を出たシェア
  27. 起死回生の『バレーボール』は、ディスクライターでの書き換えが97万回。ディスクシステム全体で歴代2位シェア
  28. 親会社のパックス・エレクトロニカは、その後倒産しているシェア
  29. 橋下さんは2000年ごろに開発を引退し、いまは教育の現場でプログラミングを教えているシェア
  30. ゲーム中に流れるあの曲、実在のヒット曲でした。1985年1月発売、石川秀美さんのシングル「もっと接近しましょ」(作詞SHOW/作曲 黒住憲五/編曲 入江純)。2017年のリメイクでも2020年のアーケードアーカイブスでも、権利処理をしたうえで原曲が使われていますシェア
■ いま、遊べる?

『ぺんぎんくんWARS』はいま遊べる?(Switch Online・中古相場)

配信されているのはアーケード版です。このファミコン版は、いまも実機・互換機・エミュでしか遊べません。リメイクの『ぺんぎんくんギラギラWARS』はSwitchとPS4で配信中。

👻 都市伝説枠

『ぺんぎんくんWARS』の都市伝説・噂(裏取りなし枠)

📺 情報元

情報元・参考資料

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