11本目
ピンボール
1984年2月2日・ファミコン|開発秘話・当時の小ネタ全部載せ
このピンボール台を作ったプログラマー、のちにとんでもない出世をする——
🎮 ピンボール(1984年2月2日/FC) を覚えてる?
目次
『ピンボール』とは? 発売日・スペック早見
| 発売日 | 1984年2月2日 |
|---|---|
| 機種 | ファミコン |
| 発売元 | 任天堂 |
- 台は上下2画面ぶんの縦長構成。フリッパーは上下に1対ずつ
- ビンゴランプを「ペンギン」で揃えると、得点がぜんぶ2倍になる
- ボーナス面では、あのマリオが"床"を持って走り回る
そして12個目。このピンボール台は、まるごと別のゲームの中に引っ越して、いまも遊ばれ続けている。
『ピンボール』の開発秘話——真相はこうだった
このゲームのプログラムに参加していたのが、HAL研究所時代の岩田聡さん。のちに任天堂の社長となり、「社長が訊く」やニンテンドーダイレクトで世界中のゲームファンに愛されたあの岩田さんです。ファミコン発売からわずか半年あまりのこの時期、外部の若きプログラマーとして任天堂のソフトを支えていました。『バルーンファイト』『ゴルフ』と並び、プログラマー・岩田聡の原点として語り継がれる1本です🕹️
『ピンボール』の当時の小ネタ12連発
- ファミコン初のピンボールゲーム。実機のピンボールを再現しつつ、ビデオゲームにしかできない仕掛けを詰め込んだ意欲作だったシェア
- 難易度はAタイプとBタイプの2種類。Bタイプはボールの移動と反射のスピードが速くなるシェア
- ビンゴランプの絵柄は「ペンギン」「3」「7」の3種類。「3」で3330点、「7」で7770点。そして「ペンギン」を揃えると、ボールを失うまで獲得点数がすべて2倍になるシェア
- 左レーンのドットをすべて消すと、アシカが登場して玉突き芸を披露してくれるシェア
- 下段のタマゴにボールを当てるとヒヨコに変化。ヒヨコを3羽揃えると、アウトレーンに落下を防ぐストッパーが出現する救済措置つきシェア
- ボーナスステージではマリオが登場。床を持って左右に走るブロック崩し風のステージで、ボールを弾き続けるシェア
- そのボーナス面で上の部屋に閉じ込められているのは、『ドンキーコング』のヒロイン・レディ(のちのポリーン)。落ちてきた彼女をマリオが受け止めれば10000点。つまりドンキーコングの2人が、ピンボール台の中で再共演していたシェア
- ただしレディを受け損なうと、ボーナスのはずなのにボールを1つ失う。ちょっと理不尽シェア
- スコアが10万点を超えると、なんとフリッパーが見えなくなる大胆ギミックが発動。15万点まで耐えれば、また見えるようになるシェア
- アーケード版『VS.ピンボール』も同じ1984年の8月に稼働しているシェア
- 音楽は『テニス』と同じ兼岡行男。プロデューサーも同じく上村雅之だったシェア
- そして極めつけ。この台は、NINTENDO64の『どうぶつの森』に家具のミニゲームとしてまるごと収録された。20年近く経っても、村の家の中で現役だったのだシェア
『ピンボール』の遊び方 操作方法とボールを守る仕掛け
操作はシンプルで、十字ボタンが左のフリッパー、AボタンかBボタンが右のフリッパーに対応する。台は上下2画面ぶんの縦長で、ボールが上へ行けば上の画面、下へ戻れば下の画面へと表示が切り替わる。フリッパーはどちらの画面にも左右1対ずつある。下の画面の一番下へボールを落とすとミスだ。1人でも、2人で交互にでも遊べる。
落下を防ぐ仕掛けは何段階も用意されている。上の画面のスロットで絵柄をそろえると、フリッパーの間にアップポストがしばらく立ち上がる。下の画面のトランプ5枚をすべてめくった場合もアップポストが出て、こちらはミスするまで消えない。アップポストは左右のフリッパーの間に立つ柱で、出ている間は真ん中からボールがこぼれにくくなる。
ヒヨコ3羽で出るアウトレーンのストッパーは、ボールが1回当たると消える使い切りの守りだ。どの仕掛けを先に狙うかで、ボールの持ちが大きく変わる。下の画面右上の穴に入ればマリオのボーナス面へ進むが、GAME Watchの記事も狙い撃ちは意外と難しいと書いている。
開発スタッフと、アーケード版・ゲーム&ウオッチ版の『ピンボール』
日本語版Wikipediaのクレジットでは、ディレクターは三木研次、デザインは杉山直。プログラムは松岡聡がメインで制御と物理の計算を受け持ち、岩田聡がサブとしてグラフィックスを担当したとされる。ただしこの項目には出典不足の注記があり、分担の詳細は資料によって異なる。
1984年8月には業務用の『VS.ピンボール』が任天堂VS.システム向けに稼働した。開発はハル研究所、発売は任天堂レジャーシステムで、プレイ中に音楽が流れるなどファミコン版から手が加えられている。同じ年の12月には、2画面のマルチスクリーン型ゲーム&ウオッチ版も発売された。
ゲーム&ウオッチ版はGAME Aが最初から3球、GAME Bは1球で始まり、1万点の奇数倍に届くたびに1球ずつ増えて最大3球になる。その後もディスクシステムの書き換え版(1989年5月)、カードeリーダー用『Pinball-e』(2002年9月)、WiiとWii Uのバーチャルコンソールと配信が続いた。
1984年2月発売当時の『ピンボール』の評価
発売は1984年2月2日。前後には『ベースボール』『テニス』『ゴルフ』と任天堂のスポーツソフトが並び、CESAの資料ではそれぞれ235万本、156万本、246万本を売っている。GAME Watchの記事は、これらと比べると本作は人気や知名度でやや劣ったと振り返る。品薄だったファミコンブームの時期には、本体との抱き合わせ販売に使われる姿も記事の筆者に目撃されていた。
評価は時代と地域で分かれる。英国誌『Computer and Video Games』はファミコン版に10点満点中8点をつけた。一方、のちのWii版はEurogamerが5点満点中1点、IGNが10点満点中5点と辛い。国内では『ファミリーコンピュータMagazine』が1991年に「テーブルゲームソフトの元祖」と紹介している。
『ピンボール』はいま遊べる?(Switch Online・中古相場)
Nintendo Switch Online(ファミコン Nintendo Classics)で2022年5月27日から配信中。アーケード版『VS.ピンボール』もアーケードアーカイブスで配信中(2019年8月30日〜)。全世界での販売本数は約185万本。※2026年8月時点
『ピンボール』の都市伝説・噂(裏取りなし枠)
情報元・参考資料
- Wikipedia『ピンボール (任天堂)』
- ゲームカタログ@Wiki『ピンボール (FC)』
- インサイド『プログラマー・岩田聡の軌跡を辿って『ピンボール』『ゴルフ』『バルーンファイト』をプレイ』(2015年7月19日)
- GAME Watch『ファミコン版「ピンボール」が40周年!』
調べるときに参照したページ
