34本目
バンゲリングベイ
1985年2月22日・ファミコン|開発秘話・当時の小ネタ全部載せ
「クソゲー」と笑われたヘリコプターゲームがなければ、あの世界的シミュレーションゲームは生まれていなかった——かもしれない。
🎮 バンゲリングベイ(1985年2月22日/FC) を覚えてる?
目次
『バンゲリングベイ』とは? 発売日・スペック早見
| 発売日 | 1985年2月22日 |
|---|---|
| 機種 | ファミコン |
| 発売元 | ハドソン |
- 「何をすればいいの?」——当時の子ども全員が首をかしげた
- 2コンのマイクに「ハドソン!」と叫ぶと敵機が来る。実は何を叫んでもいい
- 敵の工場は放っておくと成長して強い敵を作ってくる。実はRTSの先駆け
そして12個目。開発者がこのゲーム作りの途中でハマった"寄り道"が、歴史を変えた。
『バンゲリングベイ』の開発秘話——真相はこうだった
原作を作ったのは、当時新人デザイナーだったウィル・ライト。開発中、彼はゲーム本編よりも「ゲームの地形マップを作る作業」の方が楽しくなってしまいます。そこで開発用のマップ生成ツールを改良し続け、都市を作って眺めるシミュレータへと育てました——それが『シムシティ』(1989年)の原型です。シムシティは世界的大ヒットとなり、彼はのちに『シムズ』も生む伝説のデザイナーに。「クソゲー」と笑われた本作は、実はシミュレーションゲーム史の母だったのです🏙️
『バンゲリングベイ』の当時の小ネタ12連発
- 原作は1984年のコモドール64用ソフト。日本ではハドソンがファミコンに移植したシェア
- 『ロードランナー』『チョップリフター』と世界観を共有する"バンゲリング帝国三部作"の完結編にあたるシェア
- 目的はヘリで広大な海域を飛び回り、帝国の秘密工場6つを爆撃すること。だが当時それを理解できた子どもは少なかったシェア
- 操作は上ボタンで前進・左右で機首旋回の"ラジコン式"。高橋名人いわく、開発者が「ラジコンの操縦が上手くなりたくて」この設計にしたと明かしているシェア
- 敵の工場は時間とともに成長し、強力な新型敵機を生産してくる。敵側が発展する設計は当時としては画期的で、のちにリアルタイムストラテジーの先駆けと再評価されたシェア
- 自機は空母に着艦して補給・修理できる。しかし空母も敵に攻撃される。守るか攻めるかの判断もプレイヤー次第だシェア
- 2人プレイでは、2P側がバンゲリング帝国軍を操作して対戦できるシェア
- その2P側の切り札が2コンのマイク。叫ぶと戦闘機がスクランブル発進する。広告には「ハドソン!」と叫べと書かれていたシェア
- 実はファミコンのマイクは音量しか検知しないので、何を叫んでも息を吹きかけても同じ。それでも全国の子どもが「ハドソン!」と叫んだシェア
- 当時は「何をすればいいか分からないクソゲー」の代名詞扱い。いま遊ぶと、早すぎた傑作という評価に変わりつつあるシェア
- 原作のC64版はブローダーバンドから発売されたが、ウィル・ライトによれば海賊版が出回ったせいで、売上は約2万本にとどまったというシェア
- シムシティが任天堂ハードで大ヒットしたことを思うと——バンゲリング帝国は巡り巡って任天堂に貢献したのかもしれないシェア
『バンゲリングベイ』の遊び方 武器・ダメージ・空母のルール
舞台は縦10×横10、計100画面ぶんの広い海域。プレイヤーは攻撃ヘリを操り、島々に散らばる帝国の工場をすべて破壊すればクリアとなる。武器は2種類で、戦闘機や戦車には対空用のバルカン砲、工場や大型の戦艦には対地用の爆弾を使う。爆弾は最大9発までしか積めない。
被弾するとダメージが数値で積み上がり、ヘリの速度が落ちていく。100を超えると墜落して1機失う。修理と補給は味方の空母に着艦して行うほか、敵の駐機場に降りても受けられる。敵の滑走路なら爆弾だけは補充できるので、空母から遠い場所で弾切れになったときの助けになる。
いちばん怖いのは空母を失うことだ。敵の攻撃で被害が一定を超えたとき、自分の爆弾を誤って当てたとき、敵の戦艦に接近されたときに撃沈される。沈むと残りのヘリがすべて失われ、ゲームはそこで終わる。後半になると工場は硬くなり、高射砲や戦車も配備されて守りが固くなる。
コモドール64版・アーケード版とのちがい
原作のコモドール64版は1984年にアメリカのブローダーバンドから発売された。ファミコン版ではこのとき画面左下にあったミニマップ(レーダー)が削られ、ヘリが飛び立つ起動時の演出も省かれた。原作ではクリア後に作戦の成否を伝える新聞記事が出て、残機や空母の状態で内容が変わる。レーダーが無くなったことで戦略性が薄れたという指摘もある。
ハドソンは『ロードランナー』の移植が成功したあと、バンゲリング帝国三部作の残り2本のどちらを手がけるか検討した。高橋利幸(高橋名人)の証言によれば、社員の評価で本作が選ばれたという。当時の社内でラジコンが流行っていたことも後押しになった。
ファミコン版のメインプログラムは菊田昌昭、マップ圧縮のサブプログラムは野沢勝広、グラフィックは山本次行が担当した。2P側がマイクで戦闘機を呼ぶ仕掛けは、完成間際にROMの容量が余っていたため追加されたものだという。
1985年4月上旬には、ハドソンと任天堂レジャーシステムによる業務用の『VS. バンゲリングベイ』も出た。こちらはレバーを倒した方向へ旋回し、倒し続けると加速するふつうの操作に改められ、撃沈された空母がミスの後に復活するなどファミコン版より易しい。対戦モードはない。同年7月21日にはソニーのHiTBiTブランドからMSX版も発売されている。
『バンゲリングベイ』を遊ぶときのコツと、難しいと言われた理由
基本は、警報が鳴ったら攻撃を中断して空母へ戻ることだ。空母が沈めば補給も修理もできなくなり、即ゲームオーバーにつながる。画面の外では油田からボート、戦車、工場へと資源が流れる仕組みが動いていて、放っておけば帝国はどんどん力をつける。守りと攻めの切り替えが勝負を分ける。
難しいと言われた理由は操作だけではない。機銃は一発ずつしか出ず、敵の動きを読んで先に撃つ見越し射撃が求められる。高橋名人は、もとがパソコン用だったこと、ラジコン操作に慣れない子どもが多かったこと、説明書の解説が足りなかったことを不評の原因に挙げている。『コロコロコミック』と組んだ小学生向けの宣伝と、攻略の順番が自由でシビアなマニア向けの中身とのずれも大きかった。
『バンゲリングベイ』はいま遊べる?(Switch Online・中古相場)
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『バンゲリングベイ』の都市伝説・噂(裏取りなし枠)
情報元・参考資料
- Wikipedia『バンゲリング ベイ』『ウィル・ライト』
- マグミクス「えっ『バンゲリングベイ』ってRTSだったの?」
- ゲームカタログ@Wiki『バンゲリング ベイ (FC)』
- ニコニコ大百科『バンゲリングベイ』
調べるときに参照したページ
