36本目
スペースインベーダー
1985年4月17日・ファミコン|開発秘話・当時の小ネタ全部載せ
敵が減ると、だんだん速くなる——あの手に汗握る名演出、実は"わざと"じゃなかった。
🎮 スペースインベーダー(1985年4月17日/FC) を覚えてる?
目次
『スペースインベーダー』とは? 発売日・スペック早見
| 発売日 | 1985年4月17日 |
|---|---|
| 機種 | ファミコン |
| 発売元 | タイトー |
- 敵キャラの正体はタコ・イカ・カニ。モデルは海の生き物
- UFOの点数はランダムじゃない。"何発目で撃ったか"で決まっていた
- 1978年に喫茶店を埋め尽くした元祖が、7年越しにファミコンへ
そして12個目。「最後だけ急に速くなるアレ」に、開発者本人が明かした意外な理由がある。
『スペースインベーダー』の開発秘話——真相はこうだった
開発者の西角友宏さんが明かした真実——敵のスピードアップは、意図した演出ではありませんでした。当時の基板はメモリわずか6KB。55匹もの敵を描くと処理が追いつかず、序盤は”処理落ち”でノロノロ動いていたのです。敵が減るほど処理が軽くなり、本来のスピードに近づいていく——つまり最後の猛スピードこそが本当の速さ。ハードの性能不足が生んだ偶然が、ゲーム史に残る緊張感の演出になりました🛸
『スペースインベーダー』の当時の小ネタ12連発
- 原作は1978年のタイトー。開発者・西角友宏がハード設計からゲームデザインまでほぼ一人で作り上げたシェア
- 喫茶店のテーブル筐体を中心に空前の社会現象化。ゲーム機だけを並べた「インベーダーハウス」が全国に生まれたシェア
- 敵のデザインはタコ・イカ・カニ。H・G・ウェルズの小説『宇宙戦争』に出てくるタコ型火星人から発想し、海の生き物に広げたシェア
- ファミコン版は1985年4月17日発売。タイトーのファミコン参入第1弾だったシェア
- 上空を横切るUFOの点数は、実は自分の発射弾数で決まる。23発目で撃つと最高の300点——ゲーセンの達人たちが隠し持った秘伝だシェア
- 伝説のテクニック「名古屋撃ち」。敵の弾は発射直後に当たり判定がなく、最下段まで引きつけるとギリギリの安全地帯が生まれるシェア
- 防御壁のトーチカは、自分の弾で削って"銃眼"を作るのが上級者流だったシェア
- 敵は55匹。1匹撃つごとに「ドン…ドン…」と行進音のテンポも上がり、心臓に悪いシェア
- 米国ではAtari 2600版が空前のヒット。本体の売上を数倍に押し上げた"キラーソフト"の語源的存在になったシェア
- 「インベーダー」は1979年の流行語に。ゲームが日本の世相を動かした最初の事件だったシェア
- 模倣ゲームが大量発生し、ゲーム業界に「ヒット作のフォロワー」という構造が生まれたのも本作からシェア
- そして例のスピードアップ。後続のシューティングは、これを"意図的に"再現するようになった。偶然が業界標準になったのだシェア
『スペースインベーダー』はどんなゲーム? ルールと遊び方
プレイヤーが動かすのは画面下のビーム砲台で、移動は左右だけ。弾は1発ずつしか撃てず、撃った弾が何かに当たるか画面外に消えるまで次の弾は出ない。外した1発がそのまま隙になるので、狙いを定めてから撃つのが基本になる。
インベーダーは縦5段・横11列の55体で、隊列ごと横に動き、画面の端に着くたびに一段下がって向きを変える。得点は最上段が30点、その下の2段が20点、下の2段が10点。敵の弾に当たると砲台を1つ失い、インベーダーが最下段まで降りてきたら残機に関係なくその場でゲームオーバーだ。
砲台の前には4つのトーチカがあり、敵の弾を防いでくれる。ただし敵の弾、自分の弾、降りてきたインベーダーに触れるたびに少しずつ欠けていく。全滅させると次の面に進み、隊列の初期位置が一段下がる。9面を越えると2面の位置に戻り、以後は8面ごとに同じ下がり方を繰り返す。
1978年の原作はどう作られたか
原作のアーケード版は1978年にタイトーから登場した。開発の西角友宏は約1年をかけ、専用の基板や開発用の道具の多くまで自分で用意したとされる。CPUにはインテルの8080を採用し、それまでより細かな絵と動きを実現した。音は、タイマーICとテキサス・インスツルメンツ製の音源チップを組み合わせて鳴らしていた。
着想のもとになったのは、ブロック崩しの『ブレイクアウト』や、昔からある的当て系のゲームだったとされる。舞台を宇宙にしたのは、当時話題だった『宇宙戦艦ヤマト』や『スター・ウォーズ』の影響だ。ただし本作では、的のほうからも弾が飛んでくる。
初期の筐体のモニターは白黒だった。画面の一部にオレンジや緑の透明なセロハンを貼り、そこを通るインベーダーやビーム砲に色がついて見える仕組みだ。のちに日本では虹色のセロハンを貼ったものや、カラーモニターを使った版も出ている。
人気は国内にとどまらなかった。日本では1978年末までに10万台以上が設置され、1979年末には世界で推定75万台に達したとされる。北米ではミッドウェイを通じて1978年のうちに発売され、1980年に出たAtari 2600版は1981年末までに420万本以上を売った。
ファミコン版が出た1985年のタイトー
ファミコン版の発売は1985年4月17日で、日本だけの発売だった。この年のタイトーは、5月の『ちゃっくんぽっぷ』、6月の『エレベーターアクション』、8月の『フロントライン』、11月の『スカイデストロイヤー』と、自社のアーケード作品を中心に続けてファミコンへ送り出している。
同じ1985年にはセガのSG-1000版や、ニデコムが手がけたMSX版も出ており、家庭用への移植が各機種で並んだ年でもあった。ゲームセンターで遊ぶものだったインベーダーが、家のテレビで遊べる選択肢を一気に増やした年といえる。いまはSwitchの『スペースインベーダー インヴィンシブルコレクション』で、アーケード版をはじめ各時代のシリーズ作品をまとめて遊べる。
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『スペースインベーダー』の都市伝説・噂(裏取りなし枠)
情報元・参考資料
- Wikipedia『スペースインベーダー』
- ゲーム文化保存研究所「西角友宏氏インタビュー」
- サタデープラス「インベーダーゲームで敵のスピードが徐々に速くなる理由」
- ファミ通.com『『スペースインベーダー』が誕生した日』
- Wikipedia英語版『Space Invaders』
- Wikipedia『ファミリーコンピュータのゲームタイトル一覧』
調べるときに参照したページ
- Wikipedia日本語版「スペースインベーダー」
- 英語版Wikipedia「Space Invaders」
- ファミ通.com『『スペースインベーダー』が誕生した日。インベーダーハウスやゲーム喫茶が作られるなど、昭和の日本で社会現象を巻き起こし…』
- Wikipedia日本語版「ファミリーコンピュータのゲームタイトル一覧」
